37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

カフェ1894と小説1Q84

丸の内へ。お目当てはカフェ1894。ついてはみたものの、待たないといけないみたいなので、素直にブリックスクエアのほかのカフェへ(残念)。こちらは意外とゆっくりとすごせました。マイミク様にDVDをいただいて、ラテやコーヒーを飲んで。かなり英国っぽい雰囲気が素敵なところ。解散するころにはライトアップが華やかでした。歩いてJR駅にいくときもずっときらきらと綺麗なイルミネーションに大満足。とても綺麗でした。いただいたDVDは冬休みのお楽しみにすることに。

そのあとは忘年会をひとつこなして、またまたどこにも帰れずに一時間ばかり新宿駅に漫然と立っていると、遠まわしに誘ってくる人が3人、ストレートに明るく飲みにいこうという人が2人、気遣ってくれた方が1人。最初の5人のうち3人は左手薬指に指輪していたりしたのが、よけいにひいてしまう。どちらにしろ関係ないけれど。

そのせいでなんだかよい加減に疲れたのでようやくうごきだしたのでした。反省。やっぱりそういうときはちゃんとお店にはいったりうごいたりするようにしなければ。そういうときにルールをきめておかなければ……いけないのに。自分で動けるようにならないといけないのに、どうしてときどき、ほんとうに今でも「どこかにいきたいのに、どこにもうごけなくなる」のだろう。ほんとうにどこにもうごけなくなってしまう……。
そのあとどうにか帰宅したあとは、眠れなくて、明け方まで、前日いただいた、村上春樹『1Q84』下巻を読む(青豆の章だけ最初に一気読み)。

「正直に答えて欲しいのですが」と老婦人は言った。「あなたは死ぬのが怖い?」
返事をするのに時間はかからなかった。青豆は首を振った。「とくに怖くありません。私が私として生きていることに比べれば」
老婦人ははかない笑みを口元に浮かべた。老婦人はさっきよりいくらから若返って見えた。唇にも生気が戻っていた。青豆との会話が彼女を刺激したのかもしれない。あるいは少量のシェリー酒が効果を発揮したのかもしれない。
「でも、あなたには好きな男の人が一人いたはずですね」
「はい。しかし私がその人と現実に結ばれる可能性は、限りなくゼロに近いものです。ですからここで私が死んだとしても、それによって失われるものもまた、限りなくゼロに近いものでしかありません」
老婦人は目を細めた。「その男の人と結ばれることはないだろうとあなたが考える、具体的な理由はあるのですか?」
「とくにありません」と青豆は言った。「私が私であるという以外には」
「貴女の方からその人に対して、何か働きかけをするつもりはないのですね?」
青豆は首を振った。
「私にとって何より重要なのは、自分が彼を心から深く求めているという事実です」
老婦人は感心したようにしばらく青豆の顔を見つめていた。「あなたはとてもきっぱりとした考え方をする人ですね」
「そうする必要があったのです」と青豆は言った。そしてシェリー酒のグラスをかたちだけ唇に運んだ。「好んでそうなったわけではありません」

チェーホフがこう言っている」とタマルもゆっくり立ち上がりながら言った。「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない、と」
「どういう意味?」
タマルは青豆の正面に向き合うように立って言った。彼の方がほんの数センチだけ背が高かった。「物語の中に、必然性のない小道具は持ち出すなということだよ。もしそこに拳銃が出てくれば、それは話のどこかで発射される必要がある。無駄な装飾をそぎ落とした小説を書くことをチェーホフは好んだ」
青豆はワンピースの袖をなおし、ショルダーバッグを肩にかけた。「そしてあなたはそのことを気にしている。もし拳銃が登場したら、それは必ずどこかで発射されることになるだろうと」
チェーホフの観点からすれば」
「だからできることなら私に拳銃を渡したくないと考えている」
「危険だし、違法だ。それに加えてチェーホフは信用できる作家だ」
「でもこれは物語じゃない。現実の世界の話よ」
タマルは目を細め、青豆の顔をじっと見つめた。それからおもむろに口を開いた。
「誰にそんなことがわかる?」

ときどき自分がどこにいるか見失ってしまいそうになった。これは本当の現実なのだろうか、自分にそう問いかけた。しかしもしそれが現実ではないのだとしたら、ほかのどこに現実を求めればいいのか、彼女には見当もつかない。だから、とりあえずこれを唯一の現実として認めるしかない。そして全力を尽くしてなんとかこの現実を乗り切るだけだ。死ぬのは怖くない、と青豆はもう一度確認する。怖いのは現実に置き去りにされることだ。

ひとつだけ謎がとけた。とあるひとから、青豆に似ていると指摘されたこと。ここに引用したところにはないけれど、236ページから237ページにかけて示唆されたあの青豆の在り方。それから、王国、「私には死ぬ用意ができている。いつでも」(423ページ)。

自分自身を完全に青豆と重ね合わせてしまえるようなナルシシズムはもっていないけれど、あるひとからわたしはそう見えているのかと思い、それが自分で意識できていなかった部分だという確信がうっすらとあって、震えてしまう。そうありたくはないのに、理性は否定しているのに、それがある意味、とてつもなく幸福なことだと、なぜかわたしは知っている。逃げきったとおもったのに、まだあちらの手中にいたという感覚……怖ろしさ。否定したいのに。


1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2