37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

    


1987(昭和62年)8月5日、澁澤龍彦、逝去。奇しくも澁澤氏のお誕生日5月8日をひっくりかえした日。なんの脈絡もなくハレー彗星がきた年に生まれて、また巡ってきたときに死んだというマーク・トウェインを思い出したりする。生死に絡む奇妙な符牒を持つ人つながり?
 鎌倉文学館最最終日にあわてて駆けつけた過日は、到着したのも遅くて、閉館まで一時間半といったところだったけれど、そのおかげか人影もまばらだったので、自分のペースで展示されているたくさんの赤がはいった生原稿をじっくり眺めます。トルツメ、挿入、差し替え、二重傍線、この箇所イキ……ぐるぐると寄り道しながら、言葉のありうべき着地点を目指してさまよう思考。見えないはずのその足跡が、だんだんくっきりと鮮やかになっていくような気がして、目が離せなくなっていく。
 そして、地下の第二展示室で、釘付けになってしまったのが、『O嬢の物語』の翻訳メモ! 

ceintune(ベルト)→ガードル slip(スリップ)→パンティ combination→スリップ、と書かれているのがすべて手書きだったせいか、妙になまめかしくてどきどきだったのでした。

 思う存分、展示を堪能したあとは、ホットコーヒーで一息つきながら、眼下に広がる鎌倉の街を眺め、庭の薔薇を楽しみながら帰ります。こんなに美しい場所ならば、誰かとくればよかったと思いながら(とは言っても明日が最終日だと知ったのは、前日の夜もかなり更けてから)。
 そういえば、この日、文学館へと至るゆるやかな坂をひとり上る途中、はじめて蝉が鳴いていることに気付いたのでした。たぶん、この日が、今年のわたしの夏の始まり。

展覧会に行って、まもなく勢いで買ってしまった『澁澤龍彦との日々』は、嘘か誠かしらねども、奥様へのプロポーズの言葉が実に格好よくて痺れます。

澁澤龍彦との日々

澁澤龍彦との日々