37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

[言葉]

「なにを考えているの、ジェニー」わたしは訊ねた。
彼女はゆっくりと静かに答えた。
「この世の中が何てきれいだろうと考えていたのよ。そして、わたしたちに何も起こらないでいつまでこの美しさがつづいていくだろうかと考えていたの。春は毎年毎年、わたしたちのところにも、エジプトにも廻ってくるわ。太陽は同じ緑の美しい空に沈んで行くわ。小鳥も歌うわ、わたしたちのために。昨日も、また明日も。それは、ただ美のためだけにあるのよ。わたしたちが生きている現在も、ずっとずっと昔にも」
「明日も。でも、明日とはいつなんだい、ジェニー」わたしがいった。
「どうして? いつもそうよ。今だって、一度は明日だったのよ。ねぇ、約束して、決して忘れないって」
ロバート・ネイサン、井上一夫訳『ジェニーの肖像』ハヤカワ文庫、1975)