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読書と映画の備忘録

最後のユニコーン

「わたしに何をしたの?」彼女は叫んだ。「ここで死んでしまいたい!」滑らかな身体を引き裂こうとした。指のあとから、血が流れ出た。「死んでしまいたい! 死んでしまうわ!」声の中にも、両手にも、両足にも、新しい肉体にかかっている白い髪にも、恐怖があばれまわっていたのに、彼女の顔はいかなる恐怖も見られなかった。それは落ち着き、平静なままだった。(中略)
 「わたしはまだわたし自身だわ。この肉体は死にかけている。わたしのまわりで腐っていくのがわかる。いったいどうして、死につつあるものが、現実のものでありうるのかしら? どうしてそれが真に美しいものでありうるのかしら?」(中略)
「わたしは行きません」あとずさった。その肉体は疲れ、冷たい髪は垂れ下がっていた。彼女は言った。「わたしは王女ではない。死すべき人間でもない。わたしは行きません。森を出てから、邪悪なこと以外、何も起こらなかった。そしてこの国では邪悪なことがユニコーンに似合っているのです。もう一度、わたしの真の姿を返して下さい。そうすれば、わたしは自分の森に、池に、住み家に戻ります。あなたの話は、わたしにはいかなる力も持ち得ません。わたしはユニコーンです。最後のユニコーンなのです」

(ピーター・S・ビーグル、鏡明訳『最後のユニコーン』(早川書房、1979)