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「もしも余命宣告というものをされたらどうありたいですか、やっぱりとりみだしてしまうものでしょうか」
「いや、崩れずにありたいと思っている」
「ほかのひとも見ていれば、だいたい崩れるか崩れないか、わかってしまうよ」
「わたし自身に関していえば、そのときにならないと感情がどううごくかわかりません。でも、意外とさっぱりして、嘆く時間がもったいないと思うのだと思います」
「きみは、きみはどうだろうねぇ。読めないところがあるからね」
いまだにそのひとが読み取り不可能な部分が、自分の中に存在していることが嬉しかった。とはいえ、自分でもそこはまだ読めていない。読もうとする努力が足りないのでしょうか。