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読書と映画の備忘録

+「人生には楽園が必要だ」という言葉は――


「人生には楽園が必要だ」という言葉は、どこで聞いたのだったか。


現実の瞬間を切り取ったような躍動感のある絵も素晴らしいのだけれど、僕が魂を惹かれるのは全ての可能性をはらんだ、静止した絵。箱庭のような、調和のとれた美しさ。そういうものだ。


何故僕は、笑っている少女を可愛いと思うその逆の、気だるげにこちらを見つめるような表情にさらに強く惹かれるのだろう。


僕は完全なものに惹かれる。先にも言ったが、完全であるということは優れているというコトとはまったく別の次元のモノだ。純粋な、足し算ではなく引き算で到達するたぐいのモノなのだ。
 それはこの世界では限定的にしか存在しないし、出来ない。


”――「少女性」という言葉が内包する世界は不可解なものだ。その言葉から連想されるのは美しい少女の外見、何の目的も持たず、個の世界を持っており、影響されず、関わらない。浮世離れした感覚。性的特徴が希薄である代わりに、欠落した部分も無いように見える、肉体的完全性。
 (特徴とはつまり欠点なのである)

「少女性」とは何だろうか。思うにそれは「美」であると同時にもっと深く純粋な、「完全性」そのものに近い概念である。人間でありながら同時に非人間的な完全性を感じるこの「少女性」に、完全性への渇望を持つ人間は憧れ、魅了され、癒される。それが現実には、儚い一瞬の幻想のようなものなのだとしても。”


大槍葦人『LITTLE WORLD』(株式会社モノクローマ、2007)あとがきより抜粋。



かみさまが少女のかたちで降りてきた。大槍さんの絵をみていると心からそう思う。どんなにエロティックな場面や陵辱的なシチュエイションに置かれていても生身のリアリティが欠けている少女たちは、目を離せば消えてしまいそうな儚さと透明感にあふれていた。

「それ」が彼の中で少女のかたちをしていたから。だから、彼は描く。そのかたちを、一番美しいと信じる姿に切り取る。真っ暗な洞窟から貴石を採取するように、静かな輝きを探し当てていく。


そうして差しだされたものたちがとても眩しいので、いつのまにかわたしは泣きだしている。輝くように微笑む少女たちの瞳の奥に宿る闇に気づいてしまうから。そこに決して癒されることのない深さと暗さを見てしまうから。

明るくはしゃぐ少女たちのあいだに、ひっそりとまぎれている暗い表情や虚ろな瞳の少女たち。はっと胸を衝かれるくらい陰惨な予兆を孕んでいるような。そちらのほうにより強く惹きつけられてしまうのは、一体なぜなのだろう。そこに描いたひとの魂が最も込められているように感じてしまうのは、一体どうして。


あとがきを読んで、その秘密を垣間見ることができたような気がした。彼女たちは、あらかじめ欠落を埋め込まれて生み落とされた。だからこそ完璧な魅力をそなえた少女神として顕現する。

その完成された佇まいにふれるたび、なにかが叫びはじめる。その響きをとらえて名づけたくて、わたしは何もかも捨てて駆け出す。


わたしのなかの「それ」はいったいどんなかたちをしているのだろう。まだ、わたしに「かみさま」は降りてこない。



大槍葦人(おおやり あしと)
漫画家、イラストレーター、ゲームクリエイター。株式会社モノクローマのゲームブランドLittlewitchの代表。Littlewitchは、今年の春から無期限休止中。