37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録


こわいときは書きなさい、書いていなさい。どうせきみは書かずにはいられないのだから。
はい、書きます、書いています。でも、もう少し恐怖がエスカレートしたら指がふるえてキーを打つこともペンを持つことも難しくなる。冷たい焔で背筋をちりちりと焼かれるような感覚。なぜか怖くて後ろをふりむくことができなくなるなんて、可笑しいね。まだ血圧は下がらないからファイドアウトもしないし、ひどい偏頭痛で貧血にさえならなければ座っていられる。そう、まだ書いていられるのだから、大丈夫。
こわいって、ねむれないって何万回唱えたら呪文は効くのだろう。成就するのなら、声が嗄れても何百万回でも唱えるのに。せめて動けなくなるまえに効けばいい。


ああ、ミァハはそんなことを言っていた。
<maxim>

人間は、個人は、その気になれば誰かの命を奪う力を秘めているんだよ。
</maxim>

自分には力があること。
誰かを殺める能力を持っていること。

とりわけ自分を殺める能力を持っていること。
人間は何か大切なものを破壊する力を秘めていること。



「わたしはね、いま思い返すと、ミァハと一緒にいたのはわたしがいなくちゃ駄目だ、って思ったからなの」
「駄目、って……」

「わたしは多分バランサーを気取っていたのね。そりゃ、わたしもあの頃は世界に息苦しさを感じていたし、行き場がないとも思ってた。世界に愛情が溢れすぎ、それがわたしたちの首をゆっくり絞めているって思っていた。わたしたちひとりひとりが、社会にとって重要なリソースだなんて冗談じゃないって、思ってた」
「そうだね、だから、ミァハが言っていた。リソース意識なんてゴメンだ、自分たちが無価値であることを証明させてほしいの、って」
「でもね、だから死んじゃおう、とか誰かを殺しちゃおう、とかそういうことは思わなかった。そこまでは思いつめていなかった。でも、私の見た、ミァハは違ってた。すっごくぎりぎりのところに立っているように見えたの」
「だから、自分がバランスをとろうと……」
「そう。わたしがいて、わたしがミァハを踏みとどまらせる役になろう、って思っていた。わたしがミァハの話にうんうんうなずいたり、同意を示したりすることで、ミァハの気が晴れるだろう、って思ってた。情けない話だよね、結局わたしはただの臆病者で、ミァハは死んじゃったんだし」


そして、物語はここから驚くべき展開をみせる。……今年の初めに読了。


ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

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