37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

内田善美を読みました

                  


――訪れる時間の何という美【かな】しさ
                『星の時計のLiddell


あるひとの書庫に閉じ籠もって、えんえんと本を読む。 読みたくてたまらなかったのに、 けっして手が届かず、読むことも叶わなかった物語たちを。読みながら、物語の背後に渦巻いている、豊かで美しいなにかの気配を感じてしまうたびに、思わず泣きそうになってしまって、 あわててティッシュの箱をさがした。

不思議な青年ヒューと彼をとりまく人々を描いた、あまりにも透明な物語『星の時計のLiddell』。

内気な主人公、草の想いによって、「生きはじめ」る市松人形・ねこのやさしい世界を描く『草迷宮・草空間』。

過ぎていく時間、残されるひと、逝ってしまうひと。物語はつねに喪失を内包し、そこによせられた思いやことばは、いつもいつも噎せかえりそうに溢れていて、此処ではない何処かをもとめて彷徨っていく。永遠に。

思いは、いつも言葉を超えてしまう。こんなにもたやすく。だから、読んだ物語に対することばが、まだ、いまはみつからない。

けっして再版されたことのない彼女の物語たち。なぜ彼女が世界を閉じてしまったのかはわからないけれど、なにかに絶望したのでなければ、そうでさえなければいいと思った。……そして、美しさに「かなしさ」とルビをふってしまうこの感性が、たまらなく好きだ。

今日、別世界の気配に感覚を研ぎ澄ませながら 書庫で過ごした、静かで夢のようなひととき。

あの時間もまた、とてつもなく美【かな】しかった。
もういちどこの夢を見たい。

※本は、いずれも集英社、再版・復刻予定無し。