内田善美を読みました
――訪れる時間の何という美【かな】しさ
『星の時計のLiddell』
あるひとの書庫に閉じ籠もって、えんえんと本を読む。 読みたくてたまらなかったのに、 けっして手が届かず、読むことも叶わなかった物語たちを。読みながら、物語の背後に渦巻いている、豊かで美しいなにかの気配を感じてしまうたびに、思わず泣きそうになってしまって、 あわててティッシュの箱をさがした。
不思議な青年ヒューと彼をとりまく人々を描いた、あまりにも透明な物語『星の時計のLiddell』。
内気な主人公、草の想いによって、「生きはじめ」る市松人形・ねこのやさしい世界を描く『草迷宮・草空間』。
過ぎていく時間、残されるひと、逝ってしまうひと。物語はつねに喪失を内包し、そこによせられた思いやことばは、いつもいつも噎せかえりそうに溢れていて、此処ではない何処かをもとめて彷徨っていく。永遠に。
思いは、いつも言葉を超えてしまう。こんなにもたやすく。だから、読んだ物語に対することばが、まだ、いまはみつからない。
けっして再版されたことのない彼女の物語たち。なぜ彼女が世界を閉じてしまったのかはわからないけれど、なにかに絶望したのでなければ、そうでさえなければいいと思った。……そして、美しさに「かなしさ」とルビをふってしまうこの感性が、たまらなく好きだ。
今日、別世界の気配に感覚を研ぎ澄ませながら 書庫で過ごした、静かで夢のようなひととき。
あの時間もまた、とてつもなく美【かな】しかった。
もういちどこの夢を見たい。
※本は、いずれも集英社、再版・復刻予定無し。