37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

すべてが


「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」犀川は煙草を消しながら言った。「思い出はよいことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」「そんなことはないよ。嫌な思い出も、楽しい記憶もある」「じゃあ、何です?」「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」



「死を恐れている人はいません。死にいたる生を恐れているのよ」四季は言う。「苦しまないで死ねるのなら、誰も死を恐れないでしょう」「おっしゃるとおりです」犀川は頷く。それは自分も同感だった。「そもそも、生きていることの方が異常なのです」四季は微笑んだ。「死んでいることが本来で、生きているというのは、そうですね……、機械が故障しているような状態。生命なんてバグですものね」



「(中略)生きていることはそれ自体が、病気なのです。病気が治ったときに、生命も消えるのです。そう、たとえばね、先生。眠りたいって思うでしょう? 眠ることの心地よさって不思議です。何故、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう? 意識がなくなることが、正常だからではないですか? 眠っているのを起こされるのって不快ではありませんか? 覚醒は本能的に不快なものです。誕生だって同じこと……。生まれてくる赤ちゃんだって、だから、みんな泣いているのですね。生まれたくなかったって……」



「どうしてご自分で……、その……、自殺されないのですか?」「たぶん、他の方に殺されたいのね……」四季はうっとりとした表情で遠くを見た。「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか? 犀川先生……。自分の意志で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意志ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」



「いや、やはり、僕には理解できません」犀川は煙草を灰皿に捨てる。「しかし、何故理解できないかというと、僕がそうプログラムされているからです。貴女がおっしゃることは正しいかもしれない」
「私には正しい、貴女には正しくない……」四季は言う。「いずれにしても、正しい、なんて概念はその程度のことです」


四季博士の死生観やものの見方に覚えがあってどきりとする。



すべてがFになる (講談社文庫)

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