37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

氷がくるまえに


胸に吸いこんできた山の空気はとても綺麗で透明だったから、よけいにさびしかった。あのときの空気は、破れて飛び散った鏡の欠片【かけら】のように、躯だけでなく魂のなかにまで鋭く無数に突き刺さっていて、いまでも全身が鋭い痛みで痺れる。とけることのない氷のように、真っ白に凍てつきつづける場処。と或る記憶の柩たち。ときどき、呼吸するのを忘れそうになりながら、永遠に無数の花弁を降らせつづけている、心の中。いつか世界が花々に夢見られる刻まで。