37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

+幽霊になってみた、初夏の夜


ある夜、街を歩いていて見つけたビルの一角は、どこか戦後の闇市を髣髴とさせるたたずまい。商店がたちならぶコンクリート造りの一階の細い路地に紛れ込んでみると、もうシャッターが閉まっているところばかり。1回、2回、3回目の角を曲がったら、まっくらないきどまりでした。つきあたりのシャッターから、通りの灯がわずかに漏れています。暗闇のなかで、何が見えるのかと目を凝らし息を潜めていたら、不意に電気がぱっと付きました。

だれかがつけてくれたのかと思っていたら、そこの商店のお姉さんがふるえながら茫然と立っていました。ちょうど閉店時刻だったようで、ビル全体の確認のためにもう一度照明を点けられたようです。そのこともわななく声で説明してくださいました(^-^;幽霊か悪霊にでもであってしまったかのようなご様子で、大変恐縮しながらお詫びしたのですが、なぜか反対に大謝りされてしまったり。ひどく驚かせてしまったようです(*_ _)人ゴ、ゴメンナサイ。だれもいないはずの、暗いところから、不意にひとがでてきたらびっくりしますよね。

申し訳なく思いながら、ビルの中の商店をでて明るい大通り沿いへもどります。通りはひとがとても多いのだけれど、だれもわたしのことなんて見ていない。当たり前だ。そんな空気の中をてくてく歩いていると、さっきのことを思い出して、本当はとっくにわたしは幽霊になってしまっているのかもしれない、そうであっても全然おかしくないのだとふっと考えたりする。この都市では、ひとはよくおたがいが幽霊であるかのようにふるまったりする、それは必ずしも居心地の悪いことではないのだけれど。

すこしぼんやり歩いていると、夜風が気持ちよく頬に触ってきます。初夏の匂いをいっぱいに孕んだ生暖かい空気。思わず手をそっとのばしてみる、この世にある確かな温かいものに。触れていると、夜のあかりが煌く光の海の中、遠くて近く、あるいは近くて遠いところで、だれかがわたしの名前を呼ぶのを聴いた。

だから、思いだす。まだ、いきているということ。