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読書と映画の備忘録

アンナ・カヴァン『氷』

力を使い果たした少女は、もう終わりだ、起き上がれない、これ以上走れないと思う。だが、緊張しきった肉体は、容赦なく少女を立ち上がらせた。抵抗しえない運命の磁力に引かれて、少女は否応なく進みつづけなければならなかった。少女が最も弱く傷つきやすかったころにシステマティックになされた虐待は、人格の構造をゆがめ、少女を犠牲者に変容させた。物も人間も少女を破滅に導く存在となった。人間、森、フィヨルド。破滅に導くものが何であろうとさしたる違いはない。どのみち、少女はその運命から逃れることはできない。彼女に与えられた回復不能の傷は、遠い昔にその運命を不可避のものとしてしまっていた。

――アンナ・カヴァン/山田和子譯『氷』(バジリコ、2008)