37.2℃の微熱

読書と映画の備忘録

李良枝『由煕』、佐原ミズ『私たちの幸せな時間』

私…/貴方の事/好きでは/ありません…
けれど/嫌いでも/ありません
だって私は/貴方の事/
面白可笑しく/描きたてる/第三者の記述/でしか/知らない…
人を思いやる/余裕は/私にはありません
拘置所に/来るなら/何かを得て/帰りたい…
けれど/皆が交わす/上辺だけの/社交辞令や/本心でない/美しい言葉なら/要らない…
もし貴方が…/私と話を/して下さるなら
嘘は/聞きたく/ない…
私は/本当の話を/したつもりです
不公平は/嫌…

死を/夢見られるのは/……
他ならぬ/生きている/証であり
生きている/者にだけ/許される/人生の一部だと/いうことを…


佐原ミズ『私たちの幸せな時間』(原作・孔枝泳、新潮社、2008)



昨日ぱらりと読んだ漫画、佐原ミズ『私たちの幸せな時間』。トラウマを抱えて自殺未遂を繰り返す元ピアニストの女性と、不幸な生い立ちのため、人を殺してしまい、死刑が確定している青年の物語。青年も拘置所で自殺未遂を繰り返す。ふとしたことで、彼の教誨師であるシスターが姪であるそのピアニストの女性と引き合わせる。結局死刑は執行されるというラストがリアルでちょっと惹かれた。そして、主人公のふたりがなによりも切実に誠実な言葉を求め続けているところに。
看守のお兄さんがおいしい役まわり。たまたま手にした漫画だったのだけれど、原作が韓国の小説だとか。

韓国の、という文脈でいえば、ひとつ忘れられない物語があって。中学か高校の試験のときの国語の例文の引用だった物語。試験が終わって、すぐ図書館に直行して借りた本。印象に残っているのはあまりにも切実できりきりととがった言葉たち。

李良枝『由煕』。
第100回芥川賞受賞作品。

韓国に留学した日系二世の女性が、傷ついた心を抱えて日本にもどってくる物語。かといって、日本がよいというわけでもなく、日本と韓国、どちらにいても安寧の場所ではなく、どちらにいても傷ついてしまう。在日問題の作品というよりも、むしろどこにもいけないままの傷つき続ける魂の軌跡の物語として、魅せられた。彼女のつむぐ言葉は切実で脆いけれど、とても、とても強かったから。

作者の李良枝は37歳で亡くなったのだそう。理由は……知らない。知りたいけれど知りたくないような。もうすこしちゃんと自分の言葉で印象を書きとめておきたくて、また読みたくなっている。ことばにならなかったなにかを思い出すために。


由煕 ナビ・タリョン (講談社文芸文庫)

由煕 ナビ・タリョン (講談社文芸文庫)

私たちの幸せな時間 (Bunch Comics Extra)

私たちの幸せな時間 (Bunch Comics Extra)